松岡実菜
SNS
GUILD MEMBER INTERVIEW
アウターブランディング

松岡実菜

寄り添う力を、もっと広く。
保育の経験をSNSへつなぐアウターブランディング。

所属inc.合同会社 inc.inc.
経歴バレエ → 保育士 → SNS運用
SKILL SET

スキルセット・支援事例

SNS投稿の企画・デザイン制作・分析SNSアカウント運用のサポート企業やサービスの認知拡大に向けた発信づくり生活者・子育て当事者の視点を生かしたコンテンツ制作保育現場の経験を生かした、親子向け情報発信の整理

誰かを支える仕事とは、目の前にいる人と直接向き合うことだけだろうか。

「人を理解して、寄り添って、支え続けてあげる」

そう話す松岡さんは、保育士として子どもの成長と保護者の子育てを支えてきた。現在は保育の仕事を続けながら、企業様のSNS運用に携わり、inc.合同会社のアウターブランディングを担っている。

求められているのは、inc.の認知を広げ、将来の顧客との接点をつくること。そのために投稿の届け方を考え、反応を見て、発信者とユーザー双方の視点からマーケティング目線での発信を改善している。一方で、松岡さんが数字の先に見ているのは、サービスを届ける企業と、そのサービスによって暮らしが変わる生活者の姿である。

保育士として、目の前の親子を支える。SNSを通じて、まだ出会っていない人にも役立つ情報や商品を届ける。仕事の形は変わっても、「人の力になりたい」という軸は変わっていない。

これは、自己肯定感の低さを抱えていた少女が、人とのつながりと表現を通じて自信を育て、一度は離れた保育の経験を、より広い支援へつなぎ直すまでの物語である。

そして私たちにも問いかける。自分が培ってきた力は、今いる場所だけでなく、別の形でも誰かを支えられるのではないか、と。

WHO I HELP

こんな方の力になれます

SNSを始めたものの、何を投稿すればいいか続かない方

数字は追えているが、届けたい相手の顔が見えていない方

子育て世代に向けた発信を整理したい方

大切にしている価値観

人を理解して、寄り添って、支え続ける。

INTERVIEW

インタビュー本編

01
CHAPTER

支えることが自然だった——バレエと人とのつながりの中で育てた自信

松岡さんは、子どもの頃から自分が前に立って目立つよりも、誰かを支えたり、手助けしたりすることに喜びを感じていた。

「私の場合は、尊敬する相手を支えるというスタンスなんです」

両親は、松岡さんがやりたいと決めたことを止めず、進みたい方向を見守ってくれた。一方で、幼少期から自分に強い自信を持っていたわけではない。

そんな松岡さんに少しずつ自信を与えたのが、65歳頃から続けたバレエをはじめとする表現の経験と、そこで生まれた育まれた人とのつながりだった。

全国規模のコンクールに仲間と出場したこともある。自分なりに努力を積み重ね、その姿を周囲に認めてもらうなかで、少しずつ自分自身を信じられるようになっていった。

「誰かに自信を与えてもらったというより、自分の中で自信が見えたからこそ、周りからも認めてもらえたんだと思います」

保育士を意識したのは、小学校4年生頃だった。

もともと小さい子どもと遊ぶことが好きだった松岡さんにとって、子どもの目線に合わせ、その子が楽しめることを考える時間は、自然に自分らしさを発揮できる時間でもあった。

さらに、ダンスや絵、ものづくりなど、自分が好きだった表現を子どもたちと分かち合えることにも、保育の魅力を感じていた。

自分が何かを表現して終わるのではなく、その楽しさによって子どもの笑顔や発見を生み出せる。保育士は、松岡さんが好きだったことと、誰かを支えたいという思いの両方を生かせる仕事だった。

中学、高校では保育園での職場体験にも参加した。子どもと遊ぶだけでなく、一人ひとりの安全を守り、気持ちを受け止めながら関わり続ける。そうした仕事の難しさに触れても、保育士になりたいという思いは揺らがなかった。

その後も、地域のボランティアや大学のダンスサークルなど、誰かを支え、仲間と一つのものをつくる経験を重ねていった。

人と関わりながら、自分にできることを差し出す。その積み重ねが松岡さんの自信となり、保育士として歩み始める土台になっていった。

02
CHAPTER

好きだった仕事を、一度離れる——保育の苦しさと外の世界で見つけたもの

大学卒業後は、保育園に就職する。

子どもと散歩をしたり、一緒に遊んだりする時間は楽しかった。子どもの成長を支え、子育てに正解がない中で悩む保護者の力になれることにも、やりがいを感じていた。

一方、仕事を続ける中では、人間関係を含めた難しさにも直面した。31年目には、大好きだった子どもと遊ぶことさえ、楽しいと感じられないほど疲弊していたという。

子どもが好きだという気持ちまで失いたくない。保育だけを知ったまま年齢を重ねるのではなく、違う業界も経験して、自分の視野を広げたい。そう考え、3年間勤めた保育園を離れた。

「仕事が嫌だと思わず、毎日行くことを楽しいと思えるような人生にしたかったんです」

次に選んだのは、好きだった旅行と人との関わりを組み合わせられるホテルの仕事だった。四国の島へ移り住み、美術館の中にあるホテルで接客に携わった。

海外からの宿泊客も多かった。英語に自信がなくても、表情や振る舞いから気持ちが通じる瞬間がある。日本らしい丁寧な接客を喜ばれ、「頑張っていて素敵だね」と声をかけられ、チップを受け取ることもあった。

言葉を尽くすだけが、相手を理解する方法ではない。相手をよく見て、必要なことを感じ取り、丁寧に届ける。保育の現場でも大切にしてきた姿勢が、別の業界でも自分の強みになると気づく経験だった。

その後、結婚や家族の将来、親の老後まで考え、地元の神奈川県へ戻る。島では霧によって船が出ず、すぐに本土へ渡れない日もある。仕事だけでなく、自分がどのような暮らしを望むのかを基準にした決断だった。

神奈川では、ハンドメイド化粧品をつくる会社に約1年間勤めた。料理をするように化粧品をつくる仕事に、子どもの頃から好きだったものづくりとの接点を探した。それでも、他の仕事を経験するほど、心の中には「やっぱり保育士っていいかもしれない」という感覚が生まれていった。

「やめない後悔より、やる後悔を選ぶタイプなんです。離れたことで、保育が自分に合っているかもしれないと思えました」

もう一度保育へ戻った理由は、子どもが好きだったことに加え、保育の技術を磨いて自分の価値を上げてきたいという思い、仕事としての安定性だった。

外の世界を知ってから戻ると、保護者の見え方が変わった。新卒の頃は想像しきれなかった、保護者がどのような仕事をし、どんな思いで子どもを預けているのかを考えられるようになった。目の前の言葉だけでなく、その背景まで想像するようになった。

保育を離れた時間は、遠回りではなかった。自分に合う仕事を確かめると同時に、保育者として人を理解する視野を広げる時間になったのである。

03
CHAPTER

寄り添う力を、画面の向こうへ——inc.で広げるSNSの支援

保育園へ戻った後、松岡さんは結婚と出産を経験した。保育士として知識や経験があっても、自分の子育てとなれば「これで合っているのだろうか」と迷う。答えを探して、SNSを長い時間見続けることもあった。

情報に助けられた経験がある一方で、理想的な暮らしばかりが並ぶ投稿を見て、知らなくてもよかったと感じることもあった。その両方を知ったからこそ、必要な情報や商品が、必要な人へ届く発信に関心を持つようになった。

保育園で支えられるのは、目の前にいる子どもと保護者である。SNSを使えば、より多くの保護者に役立つ情報を届けられる。企業が持つ商品やサービスの中にも、知ることで子育てが楽になり、暮らしが豊かになるものがある。その価値を生活者へつなぐことも、人を支える方法になると考えた。

もともと図工や手芸、美術、バレエなど、何かをつくり、表現することが好きだった。SNS投稿のデザインは、その関心と人を支えたい思いが重なる仕事だった。子どもとの時間を大切にしながら在宅でも働ける環境を求め、フリーランスとしての活動を始める。現在も保育の仕事を続け、スキルと職場で築いた関係を保ちながら、SNSの仕事と並行している。

inc.と出会ったのは、さまざまな企業の案件を経験していた時期だった。EC事業者のアウターブランディングに関わるinc.の仕事は、良い商品を必要な生活者へ届けたいという松岡さんの思いと重なった。

「ママが幸せで、毎日ニコニコしていると、家族も幸せになると思うんです」

企業の商品が一人の母親に届く。その人の生活が少し楽になり、気持ちに余裕が生まれる。その変化が、子どもやパートナーにも広がっていく。松岡さんが仕事の先に思い描くのは、そんな幸せの連なりである。

現在は、inc.をより多くの企業に知ってもらうため、SNS投稿の制作とアカウント運用に取り組んでいる。少しずつ投稿への反応も得られるようになった。今後はマーケティングとユーザー双方の視点を深め、認知や見込み顧客との接点を増やし、inc.のサービスを必要とするEC事業者へ届けようとしている。

新しい分野だからこそ、経験不足を感じる場面もある。保育では表情や状況から相手の意図を読み取れた一方、異なる業界での人とのやり取りでは、自分の考えがうまく伝わらない難しさも感じている。

「気持ちを伝えて、行動でも示していくことで、『一緒にやっていきたい』と思ってもらえる関係をつくれると信じています」

将来はinc.の発信だけでなく、機会があればinc.でも企業と直接やり取りをしながら、SNS運用にも関わりたいと考えている。相手を理解し、必要なものを考え、届くまで支える。保育士として培った姿勢は、画面の向こうにいる企業や生活者と向き合う仕事にも生きていく。

松岡さんは、自分の役割を「幸せを広めていく窓口」と表現した。

誰かを支えることが、自分のやりがいになる。自分が心から意味を感じる仕事によって企業の価値が届き、その先にいる人の暮らしが少し良くなる。その循環は、個人の幸せを起点に周囲へ価値を広げていくinc.の考え方とも自然に重なる。

支える相手は、目の前にいる人だけではない。これまで育ててきた力を別の形へ変えれば、まだ会ったことのない誰かにも届けられる。

松岡さんの挑戦は、その可能性を一つずつ確かめている。