森田詩月
SNS
GUILD MEMBER INTERVIEW
SNS運用/デザイン

森田詩月

自分の人生は、自分で選ぶ。
人の変化に伴走するSNS運用の仕事。

所属inc.合同会社 inc.inc.
経歴看護学生 → 不動産 → SNS運用
SKILL SET

スキルセット・支援事例

SNSアカウントの運用支援SNS投稿の企画・構成SNS投稿用デザインの制作SNS運用に関する改善提案・伴走SNSを活用した目標達成に向けた発信支援

あなたは今、自分の人生にある選択肢を、本当に自分で選べているだろうか。

「自分の人生は、自分で全部選びたいんです」

そう話す森田詩月さんは、現在、SNS運用やデザインの仕事に携わっている。
これまでの歩みだけを見れば、決して一直線ではない。

看護師を目指して大学へ進学し、1年で退学。
宅地建物取引士の資格取得を目指し、2年間のフリーター生活を経て不動産会社へ入社する。そして、その会社も約3か月で退職した。

現在はアルバイトをしながら、フリーランスとしてSNS運用の仕事を広げようとしている。

だが、森田さん自身の話を聞いていくと、その選択の奥には変わらないものがあった。
誰かが決めた正解ではなく、自分自身が納得できる道を選びたいこと。
そして、自分で選んだ仕事を通じて、人の役に立ちたいこと。

価値観の合う仲間とつながりながら、自分の仕事によって誰かが少しずつ変わっていく姿を見たい。

これは、自分の人生を自分で選択し続けてきた女性が、SNSという仕事に出会い、自分らしい働き方を探している現在までの物語である。

WHO I HELP

こんな方の力になれます

SNSを続けたいが、企画と制作の手が回らない方

アカウントの方向性が定まらないまま投稿している方

発信を、事業の目標につなげたい方

大切にしている価値観

自分の人生は、自分で全部選びたい。

INTERVIEW

インタビュー本編

01
CHAPTER

誰かの正解より、自分の世界を選ぶ——漫画と音楽の中で育った感覚

森田さんの家庭には、対照的な二つの価値観があった。
父は、「こうしなさい」「ああしなさい」と比較的はっきり意見を伝える人だった。

一方、母は森田さん自身の意思を尊重する。
何か悩みがあれば相談し、自分で選ぶことを支えてくれる存在だった。

小中学生時代の森田さんは、大勢の中にいるタイプではなかった。
少人数の仲の良い友人と過ごした。自分の内側の感性を大切にしていた。
小説や漫画などを読み、更に感性を磨いていく。

「自分の世界というか、自分だけの世界に浸れるじゃないですか」

少女漫画を読み、登場人物の感情に入り込む。
小説の世界に没頭する。

自分の中に広がっていく世界が面白かった。
森田さんは、小学生だった自分を「いい意味で周りを気にしない人だった」と振り返る。

中学では吹奏楽部、高校ではオーケストラに所属した。
友人から誘われて始めた音楽だったが、楽器を演奏できることは、次第に森田さんにとって一つの自信になった。

「楽器ができてる自分っていうのは、一つ軸としてありながら、自信になってました」

そうした時間を過ごす中で、高校生になる頃には、森田さんの中にある思いがはっきりしていた。

「看護の資格を取ったら、もうフリーランスになりたいと思っていました。一つの場所に属するのが、息が詰まるほど苦手で」

高校生活そのものも、森田さんにとって居心地の良いものではなかった。

規則の多い学校で集団生活を続ける中で、「自分はこういう環境が苦手なのだ」と感じるようになった。

会社も同じなのではないか。

決められたレールに乗った先に、自分が苦手とする生活が続いているのではないか。

「レールを進むより、このままの環境で進むほうが怖かったんです」

さらに森田さんは、こう続ける。

「どれだけいいお給料をもらっていたとしても、心は満たされないだろうなと思っていました」

安定しているか。周囲から見て正しいか。それ以上に、自分自身が納得できるか。

現在の「自分の人生は自分で選びたい」という価値観は、さまざまな選択を重ねる中で、少しずつ輪郭を持っていった。

02
CHAPTER

逃げるように辞めても、また選び直す——看護、不動産、そしてSNSへ

森田さんが最初に思い描いた仕事は医師だった。
きっかけは、医療ドラマである。

「人を助けるのがかっこいい」

そんな純粋な憧れから医療の世界に興味を持ち、周囲に看護師志望の友人も多かったことから、大学では看護を学ぶ道を選んだ。だが、入学した時期は新型コロナウイルスの影響が残っていた。

病院実習がなくなり、先輩との交流も限られる。実際の現場が十分に見えないまま学び続けることへの不安もあった。そして何より、専門的な勉強についていくことが苦しくなった。

「人体のこととかも訳が分からなくなって、もう逃げるように辞めちゃいました」

大学を辞めることも、最終的には自分で決めた。
すでに辞めることを決めた状態で伝えたという。

父は意外にも、その決断を受け入れてくれた。
そのうえで、「何か資格を取って就職したら」と次の道を提案した。

そこで森田さんが目指したのが、宅地建物取引士だった。

叔母が不動産会社で働いていたこともあり、資格があれば仕事につながると考えた。
1度目の試験には不合格。
翌年もう一度受験すると決め、約2年間、フリーターをしながら独学で勉強を続けた。
そして資格を取得し、不動産会社へ入社する。

ようやく資格が仕事につながった。
ところが、約3か月で森田さんは再び会社を辞める。

「やりがいはあったんですけど、先輩が忙しそうにしていたり、お客さまがいない時間でも店舗がすごく静かだったりして、『ここはちょっと息がしづらいな』って感じていました」

そんな頃、SNSでフリーランスとして在宅で働き、SNS運用やデザインを仕事にしている人たちの発信を目にした。

これなら、自分が求めていた働き方に近づけるかもしれない。

森田さんはSNS運用を学ぶスクールへ入る。
費用も決して小さくなく、支払いが苦しくなるほどお金に余裕がない時期もあった。

それでも後悔はなかった。

「会社員の3か月間より、全然お金がなかった時期のほうが充実していました」

理由の一つは、新しいことを学べていること。
もう一つが、人とのつながりである。

会社員時代には感じられなかった仲間の存在が、オンラインのスクールにはあった。

「心のつながりがある気がして。それがメンタル的にすごく良かったです」

自分の人生は、自分で選びたい。
そのうえで、自分が選んだ人たちとつながっていたい。
そしてSNSの仕事を始める中で、かつて医療の世界を目指した頃から残っていたものにも気づいていく。

人の役に立つことへの喜びである。

「手段は違うけど、人の役に立つのがすごくいい気持ちになるというか」

看護からSNSへ。
方法は変わった。

それでも、自分の仕事によって目の前の誰かが良い方向へ進んでいくことに喜びを感じる部分は、変わっていなかった。

03
CHAPTER

自由だけでは、きっと足りない——人とつながりながら選択肢を増やす

森田さんにとって、inc.合同会社は特別な意味を持つ。

フリーランスとして活動を始めてから単発の仕事はいくつか経験していたが、正式に契約を結び、継続して伴走する仕事はinc.が初めてだった。

当時は、なかなか案件が決まらず焦りもあったという。
そんな中でinc.と出会った。

しかし、応募の理由は仕事が必要だったからだけではない。
面談を受ける前から、代表の編田琢也の記事やinc.を紹介する資料を読んでいた。

そこに書かれていた、「関わる人たちの幸せ」を大切にする考え方が印象に残った。

「その時点で、inc.って素敵だと思ってました」

さらに興味を持ったのが、クライアントを依存させ続けるのではなく、自走できる状態へ向けて支援する考え方だった。
自分たちが仕事を抱え続けることだけを目的にせず、相手が良い状態になることを考える。その姿勢にときめきを感じたという。

SNS運用者として、クライアントのSNSが少しずつ変わっていく。
その過程を見ることに、幸せを感じている。
そして、これから実現したいことも明確だ。

「完全に独立して、フリーランスとして腰を据えたいです」

ただ収入を増やしたいわけではない。
森田さんが増やしたいのは、「人生の選択肢」である。

「働く環境とか、関わる仲間たち、人たちを自分で選びたいなと思ってるので、それを実現させていきたいです」

会社に縛られずに、価値観の合う仲間と働けること。
そして、自分が選んだ仕事によって誰かの役に立てること。

一人で自由になるだけでは、森田さんの望む働き方にはならない。
自由と、つながり。
自分の幸せと、誰かの幸せ。

どちらか一方ではなく、その両方を自分で選べる状態をつくろうとしている。

自分の人生を、自分で選ぶ。
その選択の先に、自分だけではなく、関わる人たちの笑顔も増えていく。

そして、私たち自身にも問いが残る。
今いる場所は、自分で選んだ場所だろうか。
それとも、いつの間にか誰かが敷いたレールを歩いているだろうかと。